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3)ロンドン、魔弾の射手 [2012年刊:フリッツ・ホフマン著]

p.16〜p.19
ロンドン:魔弾の射手

 私が、ケント州東部のイギリスの美しい港町ラムズゲートでの数ヶ月の語学コースを終えて、パリのアーティストエージェンシー(音楽事務所)に就職する前、ペーターに数週間一緒にロンドンに来ないかと誘われた。彼はコヴェントガーデン、ロイヤルオペラハウスに「魔弾の射手」の猟師マックスの役で出演していた。

 ペーターは、長期間の仕事のとき、たとえどんなに居心地の良いホテルがあったとしても、自分で家を借りて暮らすのが好きだったので、テームズ河のブラックフライアーズ・ブリッジのそばの美しいアパートに引っ越した。そこからは川向こうにセント・ポール大寺院のドームが見えた。

 それでなくても、きつくて大変なリハーサル期間なのに、おまけにペーターは、ブーツを作らなければならなかったので、特別な芝居、バレエ用の靴で、たぶん有名なロンドンの靴屋、Anello & Davideにまずは予約した。その靴屋はドルーリー通りのロイヤルオペラハウスから遠くなかった。

 アネロ氏はビートルズの靴、いわゆるビートルブーツを創ったことで有名になった。マリリン・モンローのような大勢の国際的スターが彼に靴をあつらえてもらった。ペーターの足のサイズを計って、一週間後に試し履きをした。アネロ氏は満足しなかったので、数分でまた来ることになった。白衣を来た年寄りの靴職人の親方がずっと彼の傍らに立っていて、結局、彼らは頭を横に振った。

 お茶を一杯飲んだあと、私たちが興味を示したので、アネロ氏は私たちを地下の古風なほこりっぽい仕事部屋に案内してくれた。そこのショーケースには、有名な映画や芝居でつかわれた完璧にいかれた普通じゃない創作靴があった。

 3度目の訪問、私たちは再びアネロの店に座っていた。助手がペーターの足を修正したブーツに無理矢理入れようとした。アネロ氏はこの時もまたあの年寄りの靴職人と一緒にそこにいたが、黙って満足できない結果を眺めていた。二人はしばらく見詰め合った後、アネロ氏が言った。「燃やせ」

 一瞬本当にブーツが燃やされるのかどうかわからなかった。一週間後、ブーツは出来上がり、ペーターの足にぴったり合っていた。アネロ氏は明らかにほっとした様子で言った。「ついにうまくできました」

 魔弾の射手の初日は満場の拍手喝采とスタンディングオベイションで終わった。しかし、次の公演は1幕で突発事故が起こった。森の居酒屋前の広場で、マックスは嫉妬に狂った猟師のカスパーに遠くを飛ぶワシを撃てと、けしかけられる。そこで、マックスは猟銃に黒色火薬を詰めて、舞台上の空に向けて狙いを定める。舞台助手が、客席の私からは見えない舞台上方の照明塔にワシの剥製を持って立ち、ペーターが撃つのを待っている。

 「あそこにワシが見えるだろ? マックス、撃て! 撃てよ!」とカスパーがマックスに言う。

 そこで、ペーターは発砲したが、銃声がしない。改めて引き金を引いた。やはり、物音ひとつしない。舞台上のペーターだけでなく客席の私も背筋が凍った。「嫌だ。こんな苦しみにはもう耐えられない」とマックスは歌う。

 特殊効果の担当者は舞台袖からその場面を見ていたが、おそらく彼の用意した黒色火薬が少な過ぎたのが、発砲がうまくいかなかった理由だ。ペーターは3度目の引き金を引いたがだめだった。もう大急ぎでなんとかするしかなかった。

 銃声がしなければ、ワシは落ちて来ない。そして、オペラは先に進めない。そう思った彼は高所に狙いを定めて、大音声で叫んだ。「バーン!」その途端にワシは舞台の床に大きな音をたてて落ち、指揮者は次の出だしを指示した。

 「バーン」という言葉をどう翻訳するのか私にはよくわからないが、すばらしい英国の観客はとても喜んで、歓迎の短い笑いが起こったのだから、国際的に理解されたようだった。ロイヤルボックスに女王様がいらっしゃらなかったのは残念だった。

 特殊効果係は次の公演では自分の仕事を立派にやり遂げたくて、ペーターの銃に十分な量の黒色火薬詰めた。そして再びマックスは舞台の空のワシのいる方向を狙って引き金を引いた。その途端、耳が割れるような物凄い爆発音がして銃身が危うくオーケストラピットに飛び込むところだった。銃のグリップからは、起爆用の小さなバッテリーがぶら下がっていた。これはもうだれもおもしろがるどころではなかった。だれもがとんでもない光景にショックを受けていた。

 ペーターはこの公演の後で私にこう話した。数秒間は耳が聞こえなくなって、正確な音を出すのが非常に難しかった。特殊効果係は別の部門に移動になり、その後の公演では、国王のオペラハウス、コヴェントガーデンが爆発で揺さぶられることはなかった。

 アネロ氏とお茶を飲んで、私たちはロンドンに別れを告げた。ペーターの最初のブーツは燃やされなかったことがわかった。私たちは荷物をまとめて無事ドイツに戻った。

☆ ☆ ☆


関連記事:コンサート@パリ1979年

目次
ヨッヘン・ロイシュナーによる序文
はじめに
ロンドン:魔弾の射手
バイロイト:ヴォルフガング・ワーグナー
パルジファル:ヘルベルト・フォン・カラヤン
ロリオ:ヴィッコ・フォン・ビューロウ
リヒャルト・ワーグナー:映画
シェーンロイト:城館
ペーターと広告
コルシカ:帆走
モスクワ:ローエングリン
ロック・クラシック:大成功
バイロイト:ノートゥング
ゆすり
FCヴァルハラ:サッカー
ドイツ:ツアー
パリ:ジェシー・ノーマン
ニューヨーク:デイヴィッド・ロックフェラー
ボルドー:大地の歌
アリゾナ:タンクヴェルデ牧場
ペーターのボリス:真っ白
ミスター・ソニー:アキオ・モリタ(盛田 昭夫)
ロサンゼルス:キャピトル・スタジオ
ハンブルク:オペラ座の怪人
ナッシュビル&グレイスランド
ナミビア:楽しい旅行
ペーター・ホフマンの部屋
ゲストブックから
表紙と目次
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コメント 2

ななこ

愉快なエピソードですね^^
この時代の特殊効果って何もかもが試行錯誤だったのでしょうね。

頑固な職人気質の靴屋さんは今もあるのでしょうか?
ヨーロッパにはこんな老舗がたくさん残っていそうですが。
by ななこ (2013-01-17 17:12) 

euridice

音が出ないというのは、けっこうあったみたいで、別の劇場での体験が伝記にも載っていました。でも、爆発しちゃったの珍しいのでしょうねぇ・・危険ですよね。

靴屋さんはきっと今でもあるのでしょうね・・
by euridice (2013-01-18 20:45) 

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