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クロスオーバー? [PH]

keyakiのメモ、メモ... さんのところで、初めて認識した、イタリア人テノール、ヴィットリオ・グリゴーロ。keyakiさんのところにはブログ別館も開設されて、彼の話題が、いっぱいです。久々の若くてハンサムで、スター性にみちあふれたイタリア人テノールの登場です。単なるオペラ歌手ではないのが、音楽界、音楽ファン、マスコミ、メディアを賑わせているようです。

子どものころから将来のオペラ歌手として嘱望され、まさに国をあげて(というのは、なにしろ、すばらしい「声」の育成を阻まないためという理由で義務兵役を免除されていますからね)大事に育てられ、期待を裏切ることなくオペラ歌手として名声を得、加えてポップス界に進出、クラシック音楽とポピュラー音楽を股にかけての活動を自らの強い意志で選択し邁進中。そして、グリゴーロの話題の周辺に大きな存在として登場するのは、つい最近亡くなったイタリアの大テノール、ルチアーノ・パヴァロッティです。特にポップス歌手グリゴーロを語る際には、晩年ポピュラー界との接点を拡大したパヴァロッティの後を襲う者ということが強調されているようです。

ところで、かつて1980年代に、本人称するところのロック活動をオペラ出演と平行して開始し、両分野で、良くも悪くも大いに注目を集め、成功したペーター・ホフマンを活字情報にはじまり、後にはインターネットでも、追いかけてきた私からみれば、当然ながら違いもありますが、なんとも似通った状況が広がっているようです。

かつて、私が大学生だったころ以降、ポップスといえば、声の美しさ、豊かさとは無縁というよりは、むしろしわがれた、つぶれた声が好まれたのではないでしょうか。当然ながら訓練された声はクラシック音楽の限られた世界で、意識的に求めない限り、耳に入ってくることはなかった。しかし、ごく最近だと思いますが、訓練された声の美しさが再び脚光を浴び始めたようです。「クロスオーバー」ということばが普遍化しているようです。私がこのことばを初めて目にしたのは、2003年に出版されたペーター・ホフマンの2冊目の伝記だったと思います。1983年刊の伝記には、このことばはありません。

「クラシックにも、同様にポップスの分野にも、そういうものを絶対に受け入れようとはしない純粋主義者もまた存在する。今ではとっくの昔に、オペラ歌手が、いわゆるポップスをやるのは、当たり前のことになっているが、1980年代に、あえてこれを行ったのは、ペーター・ホフマン一人であった。彼はポップスとクラシック音楽間の区別が厳しい時代の先駆者であり、クロスオーバーが一般的に受け入れられた時代に彼を模倣した者たちの先駆けだった。オペラの舞台では、完璧なジークムントやパルジファルであり、若いオペラファンにとっては、ポップス歌手でもあった。世界的オペラ歌手であると同時にポップスターであると言えるのは、ホフマンが最初であり、当時は、彼しかいなかった。」(マリタ・テーシュマン著 ペーター・ホフマン 2003年刊)

次はおなじみマリア女史の論文です。
「ペーター・ホフマンのロックを巡る批評には、多くの問題点が浮上する。ロックにクラシックという語を当てはめられるのか。また、もしできるとして、ホフマンのクラシック・ロックは単なる物まねなのか、それとも、独立して成長しうる再創造的取り組みなのか。訓練された声がポピュラー音楽を、それにふさわしく、それらしく歌うことができるのか。あるいは、彼の歌唱はいわゆるクロスオーバー音楽なのか。(中略)ロック歌手のホフマンは、あの上品ぶったジャンル、まさにホフマンの芸術と哲学が否定している境界をほのめかす新たな名称であるクロスオーバー・ミュージックの従事者ではない。ポップスをやっているとき 、ホフマンは、自らを「スラミングしているもの」とはみなさない。他のオペラ歌手は時にそのように見える。そうではなくて、ホフマンは、彼のロックを、心の底から好きな独自の表現形式として扱っており、そのための非凡な才能を有している。※スラミング(slum, slumming):貧民街を訪れて、そこの住民に奉仕するといった意味でしょう」(1989年刊)もっと読みたい場合はこちら へどうぞ。

ホフマンのアルバム「モニュメンツ」に関するマリア女史の論評
「また、時には、旋律と歌詞の両方を含めての聴覚的次元を増幅させるために音楽に詩を加えたりもする。多くは、原曲に対する良心的態度によって、原曲に非常に忠実でありながら、同時に原曲から根本的に逸脱している。人当たりのよい穏健なクロスオーバー・ポップスでは、決してない。イージー・リスニング的クラシック音楽でもない。そうではなくて、時代を超えたテーマを扱った独特の再創造作品であり、生きているクラシック音楽の、ホフマンによる定義を、まさに耳で確認できる形で示しているアルバムだといえよう。」(1989年刊)もっと読みたい場合はこちら へどうぞ。

ホフマンの非クラシック活動は、テレビ出演で始まったようです。ルネ・コロなども自身の定期番組を持っていたし、有名オペラ歌手がテレビに出ることはごく普通のことだったと思われます。テレビ出演の詳細はわかりませんが、1983年刊の伝記にZDFの番組『音楽が切り札』(1979年10月20日放送)の撮影中の兄弟の写真(右上、右がマネージャーである実弟)が載っています。ホフマンが自ら台本を書き演じた番組は、「オペラ愛好者のためだけではない音楽作品」である「ホフマンの夢」ドイツ第二テレビ放送(ZDF)、1982年秋でした。この番組での共演者は、翌年正式に二度目の結婚をしたデボラ・サッソンでした。

「彼がクラシック音楽(E-Musik)と娯楽音楽(U-Musik=ポピュラー音楽)の境界を揺さぶっているのは全く困ったことだ。それにしても、ローエングリンからイェスタデイまでのごった煮シチューは、多面的というよりは、むしろ中途半端に聞こえる」という評論家の批判に対して、一般の視聴者には極めて好評で、「すばらしい!全てが調和していた!」「この放送はとにかくすごかった。多種多様な歌を歌う、驚異的な声に耳を傾けるのは、最高だ」「ただ単に退屈なオペラを歌うだけでなく、その才能を、それとは違う傾向の音楽のためにも使う男が、ついに登場したのだ」といった投稿があり、急きょ、再放送されたそうです。

そして、評論家も、視聴者は「オリンポスの山から神の如き者が降りて来て、彼らの楽しみに奉仕する」のを喜ぶという事実を、渋々にしろ認めざるをえなかったわけです。

インターネットで、近年のクロスオーバーに関する記事を読みました。イタリアに出現したヴィットリオ・グリゴーロに触発された記事ですから、当然と言うべきかもしれませんが、ドイツ人であるペーター・ホフマンには全く触れられていません。別の見方をすれば、ペーター・ホフマンは、ドイツ、あるいはドイツ語圏、ドイツの音楽界の内部的な現象であったということなのかもしれません。そして、また、パヴァロッティを広義でのクロスオーバーの先駆者としていることから見れば、ペーター・ホフマンの逸脱行為は、本人の主張通りいわゆるクロスオーバーとは似て非なるものだったと言うべきなのかもしれません。

参考までに、この新聞記事の内容を次のブログ記事にする予定です。

関連記事:
★★ アンドレア・ボチェッリ
☆☆ P.ホフマンの非クラシック活動
☆☆ P.ホフマンのプロフィール
☆☆ P.ホフマン視聴リスト(クラシック音楽)
☆☆ クラシック音楽vs・・・


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コメント 2

keyaki

1980年代は、オペラ歌手が劇場を飛び出して、テレビに出演したりが増えてきた時期だと思います。ライモンディもテレビに出れば、オペラのアリアを歌うと同時にシャンソン、ポップス等を歌い、今で言う、クロスオーバーのLPもちゃんと出してます。彼も映画に出たり、テレビに出たりで、今まで劇場に来たことがない人をオペラに呼び込めたと言っています。私自身がその口ですけど....(笑
本当にオペラを愛するオペラ歌手は、ギャラさえもらえばいいんだ、というのではなくて、劇場に足を運んでもらうためにいろいろ考えているんですよね。

グリゴーロについては、たまたまライモンディと共演することになったので興味を持ったのですが、こんなに、オペラ界を揺さぶっている鬼っ子?だとは全く知りませんでした。こんな時代でも、日本はヨーロッパからもアメリカからも遠い国なんですね。
by keyaki (2008-07-09 08:28) 

euridice

>劇場を飛び出して、
オペラに興味を持ってから、いわゆるクラシック系の音楽雑誌や書籍を乱読しましたが、こういうものを書く人たちの多くに、オペラ歌手たるもの歌劇場に100%奉仕するのをよしとするメンタリティーを強く感じました。

「純粋主義的な人」にとって、どこまでが許容範囲かは明確ではありませんが、
たとえばライモンディの今で言うところのクロスオーバー系の録音について紹介されることがなかったことや、映画の「ドン・ジョヴァンニ」や「カルメン」があまり評価されず紹介されることも少ないなどから判断すると、「逸脱行為」の垣根はかなり低いのかもしれません。本人の言う「ロックツアー」をやったホフマンなどは、それこそ堀内修氏が書いたように『...人気をいいことにしてロックを歌い、ツアーで飛び回る』『カネ、カネの』けしからんテノールということになります。

クラシック音楽vsポピュラー音楽については、↓
http://euridiceneeds.blog.so-net.ne.jp/2005-08-01
by euridice (2008-07-10 06:55) 

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