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ただ単に•••8 [1983年刊伝記]

なくてもいいものという気持ち
 時々、このなくてもいいものという気持ちがわき起こる。歌手として、なくても済むという感じ。いつだったかロンドンか、シカゴで、どこかのホテルに閉じこもっていた。そのとき、テレビで、子どもの心臓、まったく小さい赤ん坊の心臓を、手術をしているある医者のポートレートをやっていた。カメラは彼の一日を追っていた。私には彼は超人のように見えた。いかにミリ単位が重要か、どうやって小さな心臓を縫合したり、切開したりするかといった、物凄く複雑な過程を目で追うことができた。そして、家族全員が関わり共に苦しんでいるということも。こういう人は、うまくいけば、生命を与える「力」を持っている。当分の間、それにしても、私がしていることは、たいして必要とされていることではないという気持ちがぬぐえなかった。
 今ここに、「喜びを与える」という論拠を持出すことはできる。根源的な喜びをだれかれなく与えることができれば、けっこうなことだ。ひょっとしたら間違った人に感銘を与えるかもしれないが、同じようなことだ。しかし、その時だけのことだ。それにしてもやはり、不満が残る。私は技術を習得し、今、お金と引き換えにそれを提供している。あの医者ももちろんそうだが、彼の場合、もっと他利的なように思われる。きっと彼は私より沢山稼いでいる。だが、彼がしていることと私がしていることの間には、どうしようもなく大きな落差があるような気がする。朝、私は手術台の前ではなく、舞台の上に立っていて、前にやった正確にその箇所で、もうちょっと早めに悲しむように演出家に求められているのだ。
 何も気がついてくれない人たちのためにあくせく働いている、あるいは、ある演出を勉強していたところ、「交換」された上、次の歌手は、自分が頑張ってやっていた十分の一も打ち込んでいない、という感じがしたりするとき、特に、こういう気持ちになる。やめたい気持ちでいっぱいになる。写真の頁から
•「ダルムシュタットの友人と、麻薬中毒者がうろうろしてるような酒場にまた行った。それにしても、私たち歌手は結局のところ、税金から給料を得ている。だから、いくつかのオペラハウスを閉鎖して、この金で気の毒な人たちを援助したほうがいいのではないかと時々考えないわけにはいかない」
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