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P.ホフマンとカルメン・・ [PH]

歌手のオペラ原体験は、父親のレコードだったそうです。ワーグナーのレコードがほとんどだったようですが、その中に「カルメン」があって、とても気にいったということです。大好きな「闘牛士の歌」は、声楽の先生との初対面で歌ってきかせました。


ホフマンのオペラの原体験は父のレコード・コレクションであった。離婚後、父はフランクフルトに引越していた。息子は父を訪ねたときに、そこで新たなオペラのレコードを聴いた。(12歳の頃のこと)

カルメンがとってもおもしろかった、まあ、それ以外のレコードはなかったのだが」

父は死ぬ前に息子がオペラの道に入ったのを見届けることができた。父はホフマンが30才のとき亡くなった。自分が若かりしころ知り、大好きだった舞台で、息子が大きな成功を勝ち得るであろうことを、父親はおそらく予期することが出来なかっただろう。(伝記2003年刊)


 クラシック歌唱に興味を持つようになったとき、レコードを買った。まずは歌手の名前でそろえていった。最初に買ったのはマリオ・デル・モナコで、イタリア語のすばらしいアリア集だった。私はこのアリアをまねして歌おうとした。

他には闘牛士の歌に、非常に強烈な印象を受け、この歌が大好きだった。のちに先生にそれを感情を込めて力強く歌ってきかせたとき、というよりわめいてきかせたと言ったほうがいいが、そのとき、窓ガラスがびりびりと震えたことに、彼女はびっくりして、「これは見込みがあるわ」と思ったのだった。「子どもが二人いてもですか」と私は切り返した。先生は、「保証はないわ」と言いながらも、もし私がやってみないとしたら、それは残念なことだわ、と付け加えた。この瞬間、自信がわいて、思いきってやろうと決心した。先生はその後長い間ただで教えてくれた。

 ある女声歌手が、私を先生のところに連れていってくれたのが出会いだった。私は、劇場(カールスルーエ歌劇場)の公演終了後、持てる勇気の全てを奮い起こして、その歌手に、私のためにレッスン時間を割いてくれる人をだれか知らないかと尋ねた。その歌手が私をエミー・ザイバーリッヒ先生のところに連れていってくれたわけだが、先生の前に出た時、私は物凄く興奮していた。

「何はともあれ、一度何か少し音を聞いてみなくては。それで、何を歌いたいですか」と、ザイバーリッヒ先生が尋ねた。「オランダ人」と私。「まあ、なんてことかしら」(私は満21歳だった)「もう少し軽いのはできないかしら」と先生。「どうしてですか」と私はいぶかった。軽いとか重いとかの知識もなければ、専門用語についても何も知らなかった。

そこで、「闘牛士の歌もできます」と言うと、先生はまた「まあ、あきれた」「じゃあ、鏡の歌」と私は提案した。先生はパパゲーノを聞きたがったが、これは歌えなかった。それで、結局、闘牛士の歌だったというわけだ。(伝記1983年刊)

マリア女史の論評に登場する「あの激しい三幕を、我ながら、まるで気が変になったみたいだったけど、とても冷静に落ち着いて演じた」(関連記事:「P.ホフマンとイタリア・オペラ」へ)という箇所は伝記では、舞台に立つ感覚について述べた以下の部分のことのようです。


うまくいけば、彼らも共に、離陸する

 「今、私は二時間不思議に思っている。どうしてだめだったのだろうか。物足りなかった」(ある公演後の観客)

 私の感覚からすると、6メートル離れたところからでさえ、共演者たちのほんのちょっとしたしぐさや身体の動きをとらえることを可能にする、そこに有るべき情熱、相互的緊張関係が全くない公演も経験したことがある。そんな公演の後で、人々がやってきて、明言したものだ。「歴史的な瞬間だった!」と。そりゃあ、歴史上に、起らなかったことなどないわけだ。

私たちがどんなにお粗末だったか、私は相当に恥ずかしかったのだが、外側にいる観客は反対のことを感じていたということは、客席の感じ方と舞台上での感じ方は、反対方向に平行線をたどるという主張が正しいことを証明していた。私自身が非常に積極的に関わっているとき、観客はそうではなく、むしろ反対なのだ。観客が混乱しているように思えても、そうでないことは明らかなのだ。舞台上の感覚を持ってはいけないのである。観客の中にある感覚に「スイッチを入れ」なくてはならないのだ。

 古い話だが、ジョセフ・カインツ、アルバート・バッサーマン、ウェルナー・クラウスといった俳優たちの本を読めば確かめることができる。彼らが(舞台で)死ななければならなかったとき、客席からはまるで馬のいななきのような大喚声があがった。それはあまりにも激しくて、それ以上の激しさはありえないほどだった。俳優たちは、観客が感動のあまり大声をあげて泣いているのだと思った。観客は笑っていたのだ。

私は、二年前に、あるイタリア人がドン・ホセを演じるのを見た。最後に、カルメンの上に身を投げ出したとき、彼は、「私の大事な人生よ」と、その境遇、自分自身のこと、自分の悲運を嘆いて泣いていた。

人々は不思議と冷めていた。その後で、第二キャストだった私は、別なふうに、陽気に、ほとんど気違い沙汰という感じでやってみた。突然、何人かがハンカチを引っ張り出したが、私はまだ(余裕で)カルメンに何か耳打ちすることができた。この大変な場面でだ!

 自分の感情は舞台では無意味だ。けいこの時に、役の核心は一度満たされるべきであり、その後で、この人物の感情を伝えることができ、舞台の下へむけて、演じることができる。舞台で生じる感情の世界はどっちみち本物ではありえない。

私はいまだかつて双児の姉妹を愛したこともなければ、奇跡のように出現したこともない、質問禁止を課したこともなければ、反対に質問された結果、再び去らねばならぬ人がどれほど悲しいものか知らない。こういうことは全てそれとなく漠然と感じることしかできない。

 舞台で動くことによって、私は観客をどうしようとしているのだろうか。私の動作が、別世界への扉を開けて、観客を別世界へと導くのだ。私のような観客だったら、その観客は歌手としてそれなりの要求をするだろう。私が、架空の観客として、自分の前に、存在することができれば、少なくとも、私の心に、これ以上よくはできないという感覚が生じるだろう。そうなると、人々に気に入られなくても、私は肩をすくめるしかない。

私が特に望んでいるのは、「誘惑者の響き」を見つけることだ。オルフェウスのように。その響きに出会えば、私は自分と観客のために、私が探していたものを見つける。

 それに加えて、当事者が考え出したことが、観客にぶつけられた場合、計算が合っていなければならない。観客は、はじめて、あるプロダクションに接するとき、時には説明し難い不安感が生じる。だれもくすくす笑いはしないが、もう耐えられないという、確かな感覚が紛れ込む。

私がしていることを、観客の半分が悪いと思えば、私はもう、十分に、それを感じる。多くの歌手は、このような傾向に正面から取り組む気はとりあえずまったくなく、演出家がやってみせたことを、そのまま頑にやっている。しかし、私が舞台から伝えることも私の責任であり、疑問のある場合は、そのために戦うことができなければならない。

 それは「下の人」つまり観客にとって正しくなければならないということ、私には、これこそが核心だ。

それに対して、「観客に対して自分自身を発散すること」という考えは、ちょっとおおげさだと私は思うし、めったにうまくいかない。私はこういう感覚を、自分に対するものとしても、一時期は観客としても、体験した。

それをやり通すためには、舞台上の歌手はあまりにも孤独だ。みんなベストを尽くそうと努力している。なんとかして待望の、観客のためになる幸福感に至りたいと望んでいる。うまくいけば、彼らも共に離陸するのだ。

もっとも、歌手が、ただひたすら観客のためにだけ、自分の能力を発揮するつもりだとは、思わない。それはむしろこういうことだ。歌手は観客を幸福感に参加させているのだ。傲慢に聞こえるが、「私が今舞台へ出て行くとき、私は人々に最高のものを与える」と主張するより正直だ。だから、私は例外的な場合にだけ、そのように振るまう。

一方で、もっぱら自分のために歌っている上演がある。そして、それは私が、どの公演でも、そこに立てば、到達したいと望んでいる高揚感、この感覚のためにのみ、良い上演だ。(伝記1983年刊)


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コメント 3

TARO

面白いですね。
名優と呼ばれる一流の舞台人たちは、概してこうしたホフマン型の冷静さというのを備えているような気もしますね。(舞台は専門外なので、よくは分かりませんが。)
例外なのはニール・シコフあたりでしょうか。
by TARO (2006-01-07 15:11) 

YUKI

遅くなりましたが新年おめでとうございます。m(__)m

ホフマンは「闘牛士の歌」に興味を持っていたんですねぇ。(^_^)
「カルメン」に出てくるアリアは有名なものが多いですが、ホフマンがドン・ホセの「花の歌」を歌ったらどんな感じだろう?・・・素敵だろうなぁ・・・って推測しています。(^_^)
by YUKI (2006-01-08 15:17) 

euridice

TAROさん
どうも^^!ありがとうございます。

YUKIさん
>ホフマンがドン・ホセの
ホント、聴いてみたいです・・
by euridice (2006-01-09 09:26) 

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