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バーンスタインの「トリスタンとイゾルデ」 [PH]

Wagner: Tristan und Isoldeバーンスタイン指揮のこの録音、テンポの遅さに注目する人が多いようです。聴き手の好き嫌いは別として、歌手たちが、それで苦労したことは間違いないようです。今回は伝記からの引用のみです。初トリスタンだった歌手が、どういう思いで歌ったかがわかると思います。

「レニーは極端に遅いテンポで指揮した。彼は長い弱音のフレーズを聴きたがったが、声が弱い印象を与えてはいけないのであるから、非常に難しい無謀な企てだった。『トリスタン』では、声と共に激しい感情が生じることが不可欠だ。私たち歌手はこういう点においては俳優をしのぐ可能性を持っている。声の響きと音色によって、感情や気分を伝えようとする。

例えば、一幕でトリスタンが登場する場面では、トリスタンはきわめて無愛想でなければならない。彼は、貴族的で、優雅である。そして、イゾルデへの愛を知られるのを避けている。真実の感情も優雅な上品さもすべては声の中に存在しなければならない。彼は杯を飲みほそうとするが、イゾルデは、彼と共に死ぬために、それを彼から奪い取る。それから、突然その飲み物の効果が現れてくるときの、オーケストラによるすばらしい瞬間が来る。

そしてトリスタンが、『イゾルデ』と歌うときには、その場面のはじめの制御された音色とは、まったく違った響きがなければならない。ワーグナーの楽譜のこの場面には 『あふれるように』と書かれている。

二幕の『ああ、降りて来い』のところは、きわめて抑制して、非常にゆっくりと、やわらかく歌われなければならない。ここは、すべてが息の制御にかかっている。デュエットの頂点は絶頂感である。ここは舞台では、現実におこっていることを、ただ暗示的にほのめかすことができるだけなので、往々にして退屈な印象を与える。

 愛の飲み物を飲んだあと、トリスタンは何がおこったのかまったく分からない。彼は恐ろしい間違いがおこってしまったと感じるが、それが一体どんなことなのかわからない。だからこそ、トリスタンの裏切りに対するマルケ王の嘆きに対して彼は次のように答える。『王よ、それを申し上げることはできません。そして、お尋ねの答えをあなたが知ることは決してありますまい』ここで、『トリスタンのおもうのは日の光のささぬ国』という、このオペラの中でも一番すばらしい音楽になる。彼は自分が死んで太陽の輝くことのない国へ行くことを知っている。

 第二幕はとても叙情的に歌われなければならないし、音域もかなり高いので、難しい。第三幕は、切り抜けるべき演奏上の難関が多い。『幸せに、気高く、柔和に、イゾルデが海の上を渡ってくるのが見えないか』のところを、バーンスタインは、オーケストラに極端にゆっくりと演奏させて、私には、ここを一息で歌うように求めた。これまで、トリスタン歌手は皆、ここは、三度は息つぎをしないとして、すくなくとも二呼吸で歌っている。一息というのは、私には不可能に思われた。『そうしてくれ。せめて、試してみてくれ。私のためにやってくれ』とバーンスタインはしつこくせがんだ。彼は私に重要な助言をしてくれた。私はフェリーニの映画のこと、つまり、夢の中のように、非常にゆっくりとした音楽から、そのあと、だんだん軽やかになっていく、からっぽの部屋の中でなっているワルツを、思い描くべきだと言うのだが、彼の言うことは正しかった。このフレーズは8分の6拍子だから、ワルツの調子なのだった。私は彼の思っていることを理解した。そして、そのあと、ほんとうにそれをライブの舞台でやり遂げた。
 しかし、この一息のスラーの終わりには、あまりの負担に目玉が飛び出しそうだった。今でも、ここのところをCDで聴くたびに、私の力業に感心し唖然とさせられる。

上演の直前でさえ、できることなら、すべてを大喜びで投げ出してしまいたいような気分だっただけに、なおさら強い印象を受けるわけだ。関係者全員疲れ果ててくたくただった。第三幕のための短い練習は、アメリカで行われたが、私たちは時差と気候の変化に悩まされた。ヒルデガルド・ベーレンスはひどい風邪をひいて、舞台で咳きこむほどだった。そして、さらに、テレビ放映とレコード録音の技術陣のせいで落ち着かなかった。神経がむき出しという感じだったが、最終的にはすべてうまくいった。レニーは大喜びで、出会う人ごとに、だれかれなく、次々と抱き締め、キスした。そして、繰返し賞賛されるのを、心から楽しんでいた。」(ペーター・ホフマン)
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わびすけ

今上記のノンブレスのところ再聴しました。確かに一息ですね! しかもからっぽの部屋で鳴っているワルツ、でした。すごいです。
by わびすけ (2005-07-10 21:26) 

euridice

わびすけさん、こんにちは。
>すごいです。
ですね^^;
この辺りというか、三幕も大好きです。ほんとに美しいし、だんだん夢中になると言うか激してくるのもたまりません。トリスタン狂乱の場ですね。
by euridice (2005-07-11 18:20) 

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