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ワルキューレ(2) [PH]

 P.ホフマンがはじめてワーグナーの役を演じたのは、二番目の専属劇場、ヴッパータールでのジークムント(ワルキューレ)で、1974年、30歳でした。これは大評判になり、大勢のワーグナー・ファンをはじめ、大劇場の監督たちが自ら、あるいはその代理人たち、エージェントたちが、彼を目にし、耳にしようと押し寄せました。どの公演も必ずだれかそういう重要人物が観客席に座っていると思わなければならなかったそうです。
(画像はP.ホフマンのジークムント、1978年、シュツットガルト、ポネル演出のワルキューレ)

Portrait2011.5.20 、この録音の一部がブリュンヒルデ役のソプラノのCDで聴けるという情報をいただきました。2幕、いわゆる死の告知の感動的な場面です。ブリュンヒルデは Ute Vinzing(ウーテ・ヴィンツィング 1936.09.09-  ドイツ)
同じ頃(1975年)ドルトムントに客演した初ローゲ(ラインの黄金)もセンセーショナルな評判を呼び、これらの成果に対して、「ノーザン・ウェストファーレン州の若い芸術家のための奨励賞」を受けています。そして、1950、60年代に議論の余地のないワーグナー・テノールとみなされ、1970年までバイロイト音楽祭に頻繁に登場し、そのころ亡くなったヴォルフガング・ヴィントガッセン[1914-1974.9 ドイツ]の「後継者」と目されました。ヴィントガッセンが生涯メンバーだったシュトゥットガルト歌劇場が1975/76年のシーズンから5年契約を申し出たのもそういう経緯だったわけです。

ヴィントガッセンはP.ホフマンにこんなことを教えてくれたそうです。
「もうひとつ学ばなければならない。人々をだますことができなければならない。君がほんとうに掛け値なく存分に歌うのはよいが、だれもそんなことを求めてはいないよ」

P.ホフマンのワーグナーの役に対する、当時の批評は次のようなものでした。
「ヴッパータールにおける『ワルキューレ』でのジークムント及び、ドルトムントにおける『ラインの黄金』でのローゲのペーター・ホフマンを最高の後継者として絶賛したい。ペーター・ホフマンは、ユーゲントリッヒャー・ヘルデンテノールに成長した。彼は、ほとんど人を得られないワーグナー・テノールの役に、声と外見によって、運命づけられているということだ。彼のこれまでの成果と成長は、大きな期待を抱かせるものである」オルフェウス誌 1974/75年のシーズンについて。

「その声は全ての声域において、『きわめて安定しており、基本的にロブスト』であり、『鋼のような』ほのかなきらめきを持つ」ラインポスト、ヴッパータールのジークムント(ワルキューレ)について。

「雄大な声と輝かしいテクニックをもったユーゲントリッヒャー・ヘルデンテノールである彼はこわいほどの悠然とした態度と抜け目のなさを備えたこの役を究極の微妙なニュアンスをもって演じきった」オペラワールド誌1975年ドルトムントのローゲ(ラインの黄金)について。

「ジークリンデのハネローレ・ボーデ(ジャニーヌ・アルトマイヤーの前のいくつかの上演で歌った)とバイロイト初登場のペーター・ホフマンのジークムントはウェルズング兄妹を感動的な情熱をもって演じた。優れたバリトンの声を基礎に持ち、輝かしく、強靱で、力強いホフマンのテノールは、アンサンブルにとって、本物の幸運な発見である。(略)とくに若い二人の演技は、ジークムントとジークリンデが身を投げ出し、抱き合い、愛撫するとき、オペラにつきもののうわべだけの所作を忘れさせた。シェローは二人によって圧倒的な愛の場を具現した。」シェローの「リング」1976年に対する最初の批評。北バイエルン・クリーアのエーリッヒ・ラップル。(画像は1980年制作の映像から、ワルキューレ1幕)

ワーグナーの役を歌う年齢について、音楽関係書物、雑誌、そしてインターネット上などで、多くの意見を目にします。若いときから、こういう大きい役を歌うと確実に声を損なうというのは定説のようです。そして、1990年代以降こういう発言をする評者の脳裏に浮かんでいるのは、どうもP.ホフマンのようです。少なくともそういう歌手のひとりととらえられているのは間違いないところかと思います。1980年代に入ったころにはすでに声を損なっていたと言う人さえいます。一例を挙げます。

「ホフマンは、その後80年代に入って声のフォームを崩すこととなるが、ここでも生硬な発声と唱法に、その前兆が感じられる.......」 1979年録音のショルティ指揮、フィデリオのフロレスタンについて、國土潤一 レコード藝術1992年12月号

30歳という年齢は、当時、ドイツでも若すぎるという危惧はあったようです。音楽評論家は、ヴッパータールの「ワルキューレ」の後、このことについて考えを巡らせています。「若い人のこのような出演はその将来にひどい酷使をもたらし兼ねない。反論として挙げられるのは、ホフマンがその役の勉強に、並外れて慎重に、徹底的に取り組んできたにちがいないということだ」(ハンリッヒ・フォン・リュッツヴィッツ、ライン・ポスト紙 1974年9月11日付)

P.ホフマンは、この評論家の推測通り、初めてワルキューレのジークムントを歌う機会を得たときには、すでにその4、5前にこの役の勉強をはじめており、繰り返し磨きをかけていたことを認めています。
「私は非常によく準備していた。.........それでも、すぐに決定的な成功を得られるなどとは思いもしなかった」

さらに声の維持について、歌手である彼が無頓着であったはずもなく、雑誌のインタビューに対して、次のように答えています。

「今は、ジークフリート、あるいはタンホイザーを歌うことはないでしょう。理由はできないと思うからです。たとえば、ジークフリートとかを、ひょっとしたら、8年ぐらいのうちに、できればいいと思いますが、どうでしょう。ジークムントは、今、歌えます。自分の声のことは分かっていますから、危険を感じればすぐに止めます。それはつまり活動を控えめにするということです。公演を減らします。技術的な過誤に気がついたら、為すべきことはひとつしかありません。つまり、即座に修正することです」(Opernwelt 1975年4月号)


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ヴァラリン

'70代中盤~後半の舞台は、まだ古典的な衣装も使っていたんですね^^
一番上のシュトゥットガルトの画像、とても素敵です。
胸板が厚くて、上半身が大きいですから、こういうヘラクレス系のスタイルも映えますよね^^!誰にでも似合う格好ではないと思います・・
by ヴァラリン (2005-05-26 21:10) 

euridice

>一番上のシュトゥットガルトの画像、とても素敵です。
最新のシュトゥットガルト歌劇場の「リング」映像、なかなか評判みたいですが、ホフマンがメンバーだったころ、ポネル演出で4作とも上演したのかしら。このワルキューレ、後のポネル演出、バイロイト音楽祭の「トリスタンとイゾルデ」の舞台と似てますね。真ん中に大木があって・・・きっと美しい舞台だったことでしょうねぇ・・・
by euridice (2005-05-27 01:00) 

ヴァラリン

>ホフマンがメンバーだったころ、ポネル演出で4作とも上演したのかしら。
そういえば、ワルキューレの話しか彼の伝記には出てこないですから・・どうなんでしょうね?
ジークリンデは、アルトマイヤ^^でしたよね!この二人、顔が似てるので視覚的にも本当にお似合いだと思います。歌のスタイルも『いい感じ』ですしね^^

シュトゥットガルトの映像といい、チューリッヒの映像といい、最近のものはすぐに映像化されるのに、この頃のものも出して欲しいですよね(--;
by ヴァラリン (2005-05-27 01:08) 

euridice

>真ん中に大木が
の画像も載せました^^;

>この二人、顔が似てる
2003の伝記で、W.ワーグナーが「二人は良く似ているので本当の兄妹だと思った人もいたかも」なんて言ってますね。

>最近のものはすぐに映像化される
技術の進歩かしらね。やはり、昔に比べて、気楽にというか、簡単にできちゃうんでしょうか・・・
by euridice (2005-05-27 01:14) 

ななこ

素晴らしいものを聞かせていただきました。
30才の若さで2幕の感動的ではあるけれどとっても難しい場面を完璧に歌ってるってやっぱり普通じゃないと思いました。
冬の嵐は過ぎ去りあたりだったらある程度勢いで歌えてしまうかも知れないけれど、この「死の告知」の2重唱は心、技、体揃わないと聞けたものじゃないですよね。
大体最近のジークムント歌手はこの辺りで墓穴を掘る感じです。
UTE VINZING 初めて聞く名前です。
いいですね。
ありがとうございました!

by ななこ (2011-05-20 13:35) 

ぞふぃ

私も聞かせていただきました。

いいですねぇ、このくだり……

ジークリンデが行かないのなら自分も決して行かない!
子供なんて関係ない!
一緒にいられないなら彼女を殺して自分も死ぬ!とは

なんて極端な純粋さ…(ほぉぉぉっとため息が出ます)

3幕でジークリンデが子供を授かったと知った途端、
「助けてください!」と一転して生に執着するのとまさに対照的。

太古からの「男女の本質的違い」を見せ付けられるようで面白いです。

by ぞふぃ (2011-05-20 18:35) 

euridice

ななこさん、ぞふぃさん
本当に魅力的ですね。
ここは一番感動的であるべきところだと思います。


by euridice (2011-05-24 10:26) 

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