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11)モスクワ:ローエングリン [2012年刊:フリッツ・ホフマン著]

p.67ー68
モスクワ:ローエングリン

 ペーターは1980年ハンブルグ州立オペラのモスクワ公演に客演、ローエングリンのタイトルロールとして、ボリショイ劇場に初めて招かれた。私は他に重要な仕事があって、残念ながら行けなかったが、後で興味深い体験を話してくれた。

 その時、ペーターはモスクワの中心部に泊まっていた。赤の広場のすぐそばの巨大なホテル・モスクワだ。このホテルは今はもう同じ形では残っていない。スターリン時代からのこのホテルはものすごく大きかったので、ペーターの部屋からフロントまで小走りに走って、およそ10分かかったそうだ。このスポーツ活動も部屋代に含まれていたわけだ。

 すぐ近くのボリショイ劇場まで寒い中を少し歩くと、舞台入口のドアの前でちょっと待たされる。そこには守衛がいてロシア語で立ち入りを阻止する。ペーターはここでは初めて歌うわけだし、モスクワも初めてだったので、守衛は彼を認めなかった。革ジャンにスニーカーに長髪というのも、全くオペラ歌手らしくなかった。ロシア語はしゃべれないから、今晩ここでリヒャルト・ワーグナーのローエングリンのタイトルロールを歌わなければならないのだと、身振り手振りで守衛に分からせようとした。けれども。入口に立ちふさがった男はそらっとぼけているのか、あるいは、本当に鈍いのか、平然と執拗に、ペーターを氷つくようなモスクワの寒さの中に立たせ続けた。

 寒さに凍り付き、いらいらしつつ、苦境から救われる天才的な考えがひらめいた。リヒャルト・ワーグナーのオペラ「ローエングリン」の中の聖杯物語の出だし、つまり「あなたがたが近づくことができない、遠い国に、モンサルヴァートという城があって」と歌ったのだ。守衛は彼の歌を聴いて感動し、暖かい場所へと丁重にドアを開け、ペーターはその晩、遅刻することなく、聖杯物語を演じることができた。ロシア語ではなく、幸いなことにドイツ語で。

fh11.jpg

モスクワのボリショイ劇場の槌と鎌模様の赤い幕の前のローエングリンに扮したペーター・ホフマン

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☆ ☆ ☆

目次
ヨッヘン・ロイシュナーによる序文
はじめに
ロンドン:魔弾の射手
バイロイト:ヴォルフガング・ワーグナー
パルジファル:ヘルベルト・フォン・カラヤン
ロリオ:ヴィッコ・フォン・ビューロウ
リヒャルト・ワーグナー:映画
シェーンロイト:城館
ペーターと広告
コルシカ:帆走
モスクワ:ローエングリン
ロック・クラシック:大成功
バイロイト:ノートゥング
ゆすり
FCヴァルハラ:サッカー
ドイツ:ツアー
パリ:ジェシー・ノーマン
ニューヨーク:デイヴィッド・ロックフェラー
ボルドー:大地の歌
アリゾナ:タンクヴェルデ牧場
ペーターのボリス:真っ白
ミスター・ソニー:アキオ・モリタ(盛田 昭夫)
ロサンゼルス:キャピトル・スタジオ
ハンブルク:オペラ座の怪人
ナッシュビル&グレイスランド
ナミビア:楽しい旅行
ペーター・ホフマンの部屋
ゲストブックから
表紙と目次
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コメント 2

ななこ

フリッツの都合がつかなかったのは不運として、通訳もいなかったのですね。
思うにペーターがかなりのキャリアを築き始めていたにも関わらず、気取らずスポーツ選手のごとく身軽にひとりで動き回ることを好んだのでしょうね。

その劇場の守衛は金髪の長髪、スニーカーに革ジャンのロッカーみたいな陽気な青年をその日のタイトルロールと早い段階で理解したのだと思いますね。
ペーターとのコミュニケーションを楽しんでたような気がしてなりません。

前の記事のヨットのエピソードと同じように、歌が2人の間の空気を和ませ事を解決に導いたことは確かとしても。


by ななこ (2013-09-05 15:05) 

euridice

>ペーターとのコミュニケーションを楽しんでた
そうかもしれませんね。
歌ってもらって感動してしまったってことですから・・
歌が聴きたかったのかも^^/
by euridice (2013-09-06 18:11) 

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