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ジェス・トーマス [人々]

声楽教師のエミー・ザイバーリッヒとの出会いに次いで大きな意味を持ったのが、当時バイロイト音楽祭にも出演していたテノール歌手ジェス・トーマス(1927.08.04-1993.10.11 アメリカ)との出会いでした。まるで偶然のようですが、実際はどうだったのだろうと本人も思ったようです。

1967年のバイロイト音楽祭の期間中、ジェス・トーマスは、かつての先生エミー・ザイバーリッヒに、一緒にいくつかのパッセージを検討したいので、できるだけはやく来てほしいと頼み、先生は、バイロイトまで一番はやく行く方法を、熟考した末、運転手の仕事をペーター・ホフマンに提供したのでした。そして、トーマスのもとに一週間以上も滞在することになります。トーマスはちょうどローエングリンに出演中でしたので、その舞台を最前列で間近に観て、その舞台姿に魅せられ、「彼のようになりたい」という思いでいっぱいになります。トーマスに『君の声は、テノールの傾向がより強くなっているから、もっと上の声域を勉強するべきだ』と言われ、大感激で、この時以来、テノールになろうと決心します。

「ジェス・トーマスと私は、それ以来、親友だ。大学での勉強が終って、軍隊の退職金を使い果たしたころ、私は、最初の契約開始を待っていて、どうやって四人家族を養ったらいいのか皆目見当がつかなかった。そんなときに、ジェス・トーマスは毎月アメリカから送金してくれた。最初から彼にはうまくいくという勘が働いていたのだ。私にとって、それは前途有望の徴であると同時に、重荷だった。ジェス・トーマスについて、特に手本にしたいと言えることを一つ挙げるなら、それは舞台において強烈な輝きを放つその存在感、すなわち、カリスマ性である」(ペーター・ホフマン)

はじめての出会いからおよそ10年後の1976年、二人は共に同じプロダクションで、バイロイトの舞台に立ちます。つまり、シェローのリングでトーマスは神々の黄昏のジークフリートを、ホフマンはワルキューレで、ジークフリートの父、ジークムントでした。その後も、ホフマンがパルジファルでメトロポリタン歌劇場にデビューしたときも、来てくれたり、折にふれて、アメリカで会ったそうです。二人とも良い歌唱をすることだけなく、舞台上で役を良く演じるという、同じ目標を持っていたと歌手は言います。

参照:ジェス・トーマス;WE NEED A HERO Ch.11


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コメント 2

ななこ

ジェストーマスとの関係を初めて知りました。
どうりで・・・似てますよね!
by ななこ (2007-08-31 22:00) 

euridice

>初めて知りました。
そうでしたか。私も伝記ではじめて知ったときは、へぇ〜〜?!と思ったものです。やはり「出会い」って重要ですね。
by euridice (2007-09-01 07:48) 

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