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26)ナミビア:楽しい旅行 [2012年刊:フリッツ・ホフマン著]

p.159ー165

 1993年に『楽しい旅行』というタイトルのテレビ番組のシリーズが撮影され、ペーターに出演依頼があった。ナミビアの南アフリカ人で狩猟区管理人で動物保護活動家のローレンス・ロレンソンの役だ。ペーターは普段から動物が好きだから、この役は彼にぴったりだった。そして、台本に彼自身の考えを反映できることを重視した。

 すばらしい国で大好きな馬に乗れる役だった。大自然の中で至る所で大きなのから小さなのまで多種多様の見た事のない外国の不思議な生き物に出会うはずだ。迷う事はなかった。引き受けることにした。ペーターの決定は大いに納得できた。ペーターみたいに世界中の大きなオペラハウスの舞台で高貴な聖杯騎士ばかり演じている場合、こういう気分転換は大歓迎だった。つまり、これは、彼が常に大きな価値を見出していた『全く違う仕事』だった。

 ナミビアの首都ウィントフックを車で短時間走ると快適なホテルに着いた。カラハリ砂漠はウィントフックの主要道路のすぐそばだ。向かい側にはドイツの小さな街にあるような教会があった。そこから遠くないところに1912年に建てられた馬に乗ったドイツ人の記念碑があった。ドイツ帝国がヘレロ族に対して起こした植民地戦争を思い出させるものだ。

 なんという明確な二重構造か。たくさんの建物や通りの名前までがドイツの植民地だった頃を思わせた。ホテルの隣に薬局があったが、入口にはドイツ語で薬局と書かれていた。夕方、他の出演者たちと一緒に近くのレストランで夕食をとったときに、最高に違和感を感じた。なまりのないドイツ語で挨拶され、渡されたメニューはドイツ語で次のように書かれていた。

       スペアリブのザワークラウトとフライドポテト添え ー 82ランド(750ユーロ)

 そして、もうびっくり仰天だったのは、冷たいビール付きのアフリカのスペアリブもやっぱりとても美味しかったのだ。だが、後にはその土地の料理のほうが好きになった。アフリカ産アンテロープのシチューやダチョウのステーキにはすぐ慣れて問題なかったし、ダチョウの卵のスクランブルエッグは撮影隊全員のぜいたくな朝食だった。

 動物保護活動家のペーターの最初の撮影日までに、彼にふさわしい馬を見つけなければならなかった。シナリオにはランス・ロレンソンの向こう見ずで危険な乗馬シーンが数カ所あったからだ。ほこりっぽい道をSUV車で何時間もカラハリ砂漠を通ってとある牧場に行った。そこでペーターにぴったりの馬を見つけた。近くには何もなかったから、ものすごい距離に耐えねばならなかった。ペーターは馬にはものすごくうるさかったので、さんざん間近で検討したあげく、目的にかなった、ふさわしい馬を見つけるまでに何時間もかかった。これははじめからわかっていたことだった。

 ペーターが快適に乗ることができるように、手綱やくつわ等の馬具と一緒に彼のウェスタン用の鞍や履き慣れた乗馬用のブーツもナミビアまで持ってきてあった。そのような物は兄にとって非常に重要で常に最優先事項だった。

 最初の撮影地、ウィントフック(ナミビアの首都)から3キロのところにある、オーストリア人、フリッツ・フラッハベルガーのオカプカ牧場へ行った。大牧場の入口でほろ酔い加減の警備員が
フラッハベルガー氏に電話で確認した後、中へ通された。丘の上の家の巨大なテラスから果てしない広大な土地が眺められ、フラッハベルガーがもはや母国に戻るつもりがないことがよくわかった。彼は、後で撮影した、私たちに彼の動物保護区のいくつかを見せてくれた。ペーターはその美しい地域についてもっと知りたがった。そこで、フラッハベルガーは私たちに助手をつけてくれたので、私たちは3人は古いランドローバーでアフリカのサバンナへ行った。私もペーターも是非ともジープの荷台に立ちたかった。そうすれば、この大自然をまさに満喫できた。そのせいで、私たちはほこりをたっぷり吸い込んだが、幸いペーターは歌わなくてもよかったから、大した問題ではなかった。舗装道路はめったになかったし、ライオンやヒョウと直に接触したくはなかったから、しっかりつかまっているのが得策だった。

 しかし、このドライブは通常の観光旅行ではなかっただけでなく、運転手にはヒョウを密猟するために装備された餌を付けた罠をコントロールするという別の仕事もあった。彼らは夜も昼も毎日のように広大な保護区の中であらゆる動物を捕まえることができた。1本の木のところで止まると、典型的なワインの栓抜き状の角を持った大カモシカの半分になった角がひっかかっているのが見えた。豹は獲物を木にひっかける。他の動物がご馳走にありつけなくするためだ。だから、罠もこの木の近くに仕掛けられているはずだった。レイヨウ(羚羊)の成獣を木のてっぺんまでひっぱりあげるとはいったいどれほどの凄い力なのだろうか。豹の足跡もあったが、今回は不運なタテガミヤマアラシが罠にかかって苦しがってうめいていた。運転手はこのかわいそうな動物をこん棒で楽にしてやった。そして、車の後部の私たちのそばに放り投げた。

 帰り道では、キリンを始め、アフリカのサバンナの野生動物たちを驚き眺めた。オリックスの群れが突然道を横切った。ペーターがほんの数メートルのところに、牧草地の柵にそのまっすぐの長い、尖った角がひっかかている雄のオリックスを見つけた。オリックスという名前はギリシャ語が語源で、尖った物という意味だ。雄のオリックスは200キロはある。私たちは運転手に止まるよう合図した。ペーターはジープから飛び降りて、怯えている動物を細心の注意を払って助けることにした。枝分かれした角は柵にしっかりとひっかかって、彼自身の力でははずすことが無理だと思われた。野生の雄に狙いを定めて蹴られたら、命にかかわる大けがをしかねない。私としてはこういうシナリオはご免だった。考える間もなく、兄はペンチで柵の細い針金を切断した。不安がっていた雄オリックスは大喜びで大きくひとっ飛び、自由を取り戻していた。この救助活動は、ペーターには何事もなかった上、私たちの心を癒してくれて、とても良い結果となった。無事にジープに戻ってから、私は兄に言った。「映画のわくわくする場面みたいだったよ」

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 そもそもペーターと私は遊びとしての狩りには反対だったが、今もその考えは変わらない。狩り目的の観光客にとって、アフリカの旅の目的は大金を使って、珍しい、美しい野生動物を、安全な距離から射殺して、居間の壁に戦利品として誇らしげに飾ることでしかない。私たちには全く理解できない。何と言う恥ずべき飾りだろうか。これらのすばらしい動物は大自然の中で体験してこそなのだ。芸術的な動物の絵を飾ったほうがずっと素敵だ。

 翌日、激しい追跡の場面の撮影中、ペーターは、何回か、私のビデオカメラすれすれにほこりを立てて全力疾走した。そのカメラは私の個人的なビデオ資料のために同時に使ってもらっていたので、当然ながら手には持っていなかった。次のシーンは別の農場で撮影したのだが、そこでペーターは数匹の飼いならされたチーターと一緒に撮られた。頭の小さい美しい猛獣たちはまるで飼い猫のように飼いならされていてとても平和的だったから、何の問題もなくなでさせてくれた。しかし、農場の動物たち全部がそんな風に人なつっこいわけではなかった。撮影隊の助手の女性がフェンスの上に危険のないサルたちが座っているのを見て、チーターと同じように、なでようとした。農場主の警告がちょっと遅すぎた。サルはそのご婦人の鼻に突然噛み付いた。血が流れ、彼女は、病院で破傷風の注射をするために、ナミビアの首都ウィントフックに戻らなければならなくなった。

 かくして、すべての撮影シーンはカバンに収まって、南アフリカのナミビアでのわくわく、どきどきの時間は残念なことに終わりを迎えた。機会があれば、最高に美しく、魅力的な場所であるこの国を訪れるべきだ。絶対に行く価値がある。

 楽しいご旅行を!
☆ ☆ ☆

もう随分ムカシのことになりますが、仕事で知り合ったイギリス人夫妻がナミビアの支援活動をしていて、ファエトレードも始めたとのことで、協力して、ナミビアの刺繍のクッションカバーを買いました。現在はピープルツリーとして随分頑張っています。こんなに大きく発展しているとは数年前まで知りませんでした。
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目次
ヨッヘン・ロイシュナーによる序文
はじめに
ロンドン:魔弾の射手
バイロイト:ヴォルフガング・ワーグナー
パルジファル:ヘルベルト・フォン・カラヤン
ロリオ:ヴィッコ・フォン・ビューロウ
リヒャルト・ワーグナー:映画
シェーンロイト:城館
ペーターと広告
コルシカ:帆走
モスクワ:ローエングリン
ロック・クラシック:大成功
バイロイト:ノートゥング
ゆすり
FCヴァルハラ:サッカー
ドイツ:ツアー
パリ:ジェシー・ノーマン
ニューヨーク:デイヴィッド・ロックフェラー
ボルドー:大地の歌
アリゾナ:タンクヴェルデ牧場
ペーターのボリス:真っ白
ミスター・ソニー:アキオ・モリタ(盛田 昭夫)
ロサンゼルス:キャピトル・スタジオ
ハンブルク:オペラ座の怪人
ナッシュビル&グレイスランド
ナミビア:楽しい旅行
ペーター・ホフマンの部屋
ゲストブックから
表紙と目次






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コメント 2

ななこ

こんばんは
更新される度に、拝見させていただいています。
とても中身が濃いから、さらっと読み飛ばせないので、後で後でと思いながらすっかりご無沙汰しております。

>ナミビア
どこなのかしらとその場所から今日はネット検索してました。

欧米列強の植民地から独立した典型的なアフリカの小国なのですね。

つい最近シベリア鉄道9000キロの旅を日本の俳優さんが辿るテレビ番組を見たばかりです。
乗馬が得意らしく、シベリアの永久凍土の大草原を馬で駆け抜けてたのが印象的でした。
ペーターホフマンもそんなテレビ番組に出てたのですね。

大自然の中では、何が起こるか分からないから、本当に危険とは隣り合わせの撮影ですね。
フリッツが同行したから明らかにされた裏話でしょうね。
迫力があります。

by ななこ (2015-03-13 18:57) 

euridice

ななこさん、こんばんは。
一年近くも放置してしまって、こちらこそご無沙汰しました。

ナミビアについては、記事に追記したのですが
仕事上知り合ったイギリス人の話で初めて知りました。
かなり昔にドイツとイギリスの植民地だったようですね。

その後、ホフマンのテレビ出演のことを知りました。
いろんなことをしてますね。



by euridice (2015-03-13 23:22) 

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