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22)ミスター・ソニー:アキオ・モリタ(盛田昭夫) [2012年刊:フリッツ・ホフマン著]

p.127ー133

 バイロイト音楽祭の期間中には決まってソニーの創業者アキオ・モリタがシェーンロイトにペーターを訪ねた。私はミスター・ソニー、彼はこのように呼ばれていた、と会って、非常に気の置けない、音楽好きの、ごく『普通の』人だと思った。シェーンロイトでの初対面に居合わせたとして、世界最大のエレクトロニクスグループの創業者かつ経営者と話しているのだとはだれも信じなかっただろう。

 ペーターは彼をヨシコ夫人と共にシェーンロイトに招待したのだが、その時は私たちの母インゲがいつものように健康に配慮したコーヒーと手作りのケーキを用意した。モリタはリヒャルト・ワーグナーの音楽が好きで、おまけにペーターのファンだった。

 レンタカーのフロントガラスにくっついているたくさんのハエと蚊を取り除くのを手伝ってくれないかととても丁重に頼まれたときのことを私は今もはっきり覚えている。ガラスクリーナーの瓶を手してフロントガラスを掃除しようとしたとき、彼が自分でもやりたがっていることがわかった。そこで、きれいな布を渡して、私たちは一緒に汚れたフロントガラスを完璧に拭き始めた。私たちは笑い、彼は言った。『私たち二人が経済的に困窮したら、一緒にガソリンスタンドを始めたらどうかな』

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 彼は技術者でありながら、他の日本人のだれもが成し得なかったこと、異質な東西文化に橋を架けることに成功した。

 彼は優れた発明者でCDプレーヤーやウォークマンなどですでにいくつもの国際的な成功をおさめていた。今の若者は音楽カセット用のこの魅力的な小さなプレーヤーをほとんど知らないだろう。今はもっと小さいだけのMP3プレーヤーがあるわけだから。どんなものかという説明は簡単でわかりやすかった。つまり『好きな音楽をいつでもどこでも他人にじゃまされずに聴けるもの』

 シェーンロイト訪問中に最新のプロジェクトすなわち車に搭載するCDプレーヤーとそれに関連した諸問題について語ってくれた。困ったことに、車の走行中、その振動がCDプレーヤーに伝わって音楽の美しい演奏がたびたび中断されるのが煩わしかったのだそうだ。そして、単純だが天才的な解決法を説明した。ただ単にCDプレーヤーをまるごと油の中に置いたということだ。こうすることで、車の揺れが吸収されて、レーザー光線はCDを的確に読み取ることができた。そして、今はドライブしながら問題なく音楽が聴けるというわけだ。

 この頃ペーターと私は熱狂的なオートバイ乗りだった。座席の下に十分な数値の馬力を持った新しいホンダ1200での小旅行こそがもっともやりたいことだった。それで、兄は一度そのバイクを運転したくないかとモリタに尋ねたのだが、彼はペーターの後ろ、後部座席に座るほうがいいと決めた。猛スピードで走った充実の30分後、二人がシェーンロイトへ戻ってきたとき、青ざめてバイクを降りた彼は、時速220キロ以上で走るバイクのサドルにつかまっているのはものすごく大変だったと話した。しかしまた、ペーターと『ワルキューレの騎行』をしたのは大きな喜びだったということも力説した。ペーターとアキオが警察に逮捕されなかったのは幸運だった。

 一休みした後、ペーターはアキオにアクロバット飛行をやりたくないかと聞いた。アキオは喜んで同意した。兄はすぐさま、スパイヒャーズ村の近くの飛行場にいる、何度もアクロバット飛行の世界チャンピオンになった友人のマンフレート・シュテッセンロイターに電話をかけた。そこに到着すると、空の世界チャンピオンが私たちを待ちかまえていた。そして、彼はモリタに短く事務的にこう言った。『私はあなたのことを気をつけて見ています。あなたが気分が悪くなったら、すぐに着陸します』私も以前この遊びをやったことがあった。各種の宙返りやきりもみ状態の落下を問題なくクリアした。

 アキオ・モリタにとってこの冒険が非常に印象的であったことは間違いない。彼の著書『メイド・イン・ジャパン-わが体験的国際戦略(MADE IN JAPAN - Eine Weltkarriere)』にこの忘れがたい強烈なアクロバット飛行の体験が極めて詳細に述べられている。彼は出発後すぐに操縦桿を握って、指示に応じて4000フィートまで上昇した。彼が飛行機を水平に戻したとき、マンフレート・シュテッセンロイターが再び操縦桿を握った。その後、アキオ・モリタが予期しなかったことが起きた。シュテッセンロイターは前方回転に続けて横転を遂行した。そして、連続逆転宙返りをした。ミスター・ソニーは著書の中で『とにかく彼は機体を自由自在に操った。機体を落下するにまかせたかと思うと、再び水平飛行に戻し、また少しきりもみ状態で落下させたりした。要するに、彼は思いつくままにあらゆることをした。それは終わりがないように思えた』と回想している。

 アキオ・モリタ自身が述べていることだが、彼は『胃がとても強かった』にもかかわらず、アクロバット飛行が終わったときには実際すごくほっとしたそうだ。アクロバット飛行士が手で合図したので、私たちの客はショーが終わったと判断した。最後の一回転をすると飛行機は今度こそ着陸滑走路に向かった。アキオ・モリタはすぐに地上にヨシコ夫人とペーター・ホフマンと私が立っているのを見つけた。私たちは手を振った。その時冒険は突然思いがけない展開を見せた。ミスター・ソニーは著書の中で次のように述べている。『…ちょうど着陸滑走路の端の上の辺り、およそ50フィート(15m)の高さだったとき、パイロットは機体を仰向けにして再発進したのだ。ものすごく低く飛んでいたから、もうちょっとで頭が滑走路につくのではないかと心配だった』

 後に私たちの客は、ジェットコースターやそれに似たようことも『恐怖の楽しみ』を与えてくれるだろうが、今回の体験は全く比較にならなかったと、正直に白状した。スパイヒャーズ村でのアクロバット飛行の30分は彼にとって最も強烈な体験だった。彼の人生においてはおそらく『少々強烈すぎるスリル』だったかもしれない。彼はがくがく震える膝を抱えて小さな飛行機からやっとのことで降りたのだった。アキオ・モリタ曰く『私のありがとうは多分ちょっとうつろに響いただろう』


 私はむしろ、上空の荒々しい事態の成り行きを見ていたヨシコ夫人の落ち着いた泰然自若ぶりにとても驚いた。命知らずなアクロバット飛行を見て笑ってさえいた。私たちヨーロッパ人と比べて、日本人は多くの事で全く異なるメンタリティーを持っている。これは他の出来事でも気づかされた。

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 残念なことに、私たちの良き友人だったマンフレート・シュテッセンロイターは1986年悲劇的な飛行機墜落で命を落とした。当時ペーターと私はこの事故に大きなショックを受けただけではなかった。私は良い人は常にあまりにも早く逝ってしまうのは何故だろうとたびたび疑問に思う。ペーターは当時すでに何回か飛んでいたし、シュテッセンロイターの飛行学校で理論課程を終了していたが、この酷い事故の後すぐに飛行機操縦を完全にやめてしまった。

 モリタとの親交は何年も続いた。ペーターが東京へコンサートで行ったときには、もちろん観客席にアキオとヨシコが座っていた。公演の後、私たちは美味しい鮨の夕食の席で、オーバープファルツでのオートバイやアクロバット飛行のことをいろいろと思い返した。やはりこれらこそアキオにとって忘れられない強烈な思い出だったのだ。アキオ・モリタは1999年78歳のとき脳卒中で亡くなった。


☆ ☆ ☆




目次
ヨッヘン・ロイシュナーによる序文
はじめに
ロンドン:魔弾の射手
バイロイト:ヴォルフガング・ワーグナー
パルジファル:ヘルベルト・フォン・カラヤン
ロリオ:ヴィッコ・フォン・ビューロウ
リヒャルト・ワーグナー:映画
シェーンロイト:城館
ペーターと広告
コルシカ:帆走
モスクワ:ローエングリン
ロック・クラシック:大成功
バイロイト:ノートゥング
ゆすり
FCヴァルハラ:サッカー
ドイツ:ツアー
パリ:ジェシー・ノーマン
ニューヨーク:デイヴィッド・ロックフェラー
ボルドー:大地の歌
アリゾナ:タンクヴェルデ牧場
ペーターのボリス:真っ白
ミスター・ソニー:アキオ・モリタ(盛田 昭夫)
ロサンゼルス:キャピトル・スタジオ
ハンブルク:オペラ座の怪人
ナッシュビル&グレイスランド
ナミビア:楽しい旅行
ペーター・ホフマンの部屋
ゲストブックから
表紙と目次




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コメント 2

ななこ

こんばんは
ソニーというブランドの絶頂期ですね。
ペーターと盛田氏の親交、興味深く読ませていただきました。
大賀典雄氏もカラヤンと「今日は何に乗ってきたのか」「ジェット機操縦してきた」とか、なんだか桁の違う話をかわしてたような・・・

「ペーターが東京へコンサートに行ったとき」というのは1991年のことでしょうか?
盛田氏と奥様があそこにいらしてたのですね。

by ななこ (2014-06-24 22:56) 

euridice

こんにちは。
>絶頂期
そうですね。

東京のコンサートは、
1990年4月末に初めて来日、サヴァリシュ指揮のNHK交響楽団とのコンサートでしょうね。年末の来日演奏家紹介番組で2、3分、「冬の嵐は過ぎ去り」(ワルキューレから)がありましたが、愕然でした。


by euridice (2014-06-27 10:00) 

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