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20)アリゾナ:タンクヴェルデ牧場 [2012年刊:フリッツ・ホフマン著]

p.116ー122

 クリスマスシーズン、たいていの人は、クリスマスツリーを飾り付けたり、クッキーを焼いたり、甘い温ワインを作ったり、プレゼントを準備したりするのに忙しい。だが、この年、兄は全く別の考えを持って、帰宅した。

 この本の別のところですでに述べたことだが、ペーターはあらゆる面で「違うことをする」のが好きだった。そういうわけで、私たちはクリスマスを暖かいアリゾナの牧場で過ごすことに決めた。ドイツのクリスマスツリーの下ではなく、アメリカ南西部のとげのあるサボテンの下でのクリスマスだ。

 目的地はアリゾナ州のツーソン市にある夢のような場所、タンクヴェルデ牧場だ。リンコン・マウンテンズの中のこの地域は、この地独特の8メートルに及ぶ高さのサボテンが数えきれないほどたくさんの西部劇映画の舞台になった場所で、ワイアット・アープの有名な西部の町トゥームストーンがたった数マイルのところにあるのも偶然ではない。

 メキシコ風建築のタンクヴェルデ牧場はほとんと何も生えていない複数の丘に囲まれていた。到着したとき、ジョン・ウェインがすぐそこにいるような気がした。ペーターはすぐに放牧地のたくさんの馬たち、クォーターホースとアパルーサ馬をじっくり観察した。牧場の周囲に隣人はだれもいなかったから、私たちはすばらしい自然の眺めの中で完璧な静寂を楽しんだ。後で牧場主から聞いた話によると隣の牧場はポール・マッカトニーの所有だが、すべてのシャッターがしまっていて明らかに留守だった。

 タンクヴェルデ牧場は食堂のある平屋の母屋とプールのある大きなテラスから成っていた。私たちはほこりの中での乗馬の後、好んでこのテラスで涼んだものだ。客室は牧場を大きく取り囲んで配置されていた。プライバシーが守れることとその静かさがとても気にいった。ここは白人から逃げていた有名なインディアンの最後の酋長ジェロニモが捕まったところだということになっている。その後、彼はフロリダの収容所に送られた。

 だから、この地は今もなお「ワイルド・ウェスト」のにおいがする。

 もちろんペーターは、西部式乗馬の経験者として、牧場で知らない馬たちと対等につき合うのに何の問題もなかった。しかし、私のような非乗馬愛好家にとっては、この状況はあまりにも大変だった。そこで、私はまずは簡単な基礎コースの講習を受けた。その結果、まもなく私たちは一緒に最初の相乗りによる遠乗りにでかけることができた。気だての良い馬はほとんど何もしなくても落ち着かせることができた。それは瞬時にわかるものだ。馬はあらゆる恐怖を取り除いてくれる。だれかが私たちにはっきりと警告する以前に、鋭く尖ったサボテンのとげに近づくのを巧みに避けた。サボテンのとげは乗馬用の革ズボンの分厚い革さえ突き通して脚を深く突き刺すのだ。刺さったとげが折れたら見つけ出すのはものすごく難しい。

 数日経ってここの環境に慣れた頃、夕食の時、ペーターが冒険計画を打ち明けた。馬に乗ってリンコン・マウンテンズを相当長い時間散策して、キャンプファイアーをして寝袋で一晩過ごそうというのだ。私としてはこの提案を喜ぶべきかどうか確信がなかったが、どっちにしろ逃げたくはなかったので、この辺りの地理に詳しいガイドのメルと1泊2日の遠乗りのルートを相談した。

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 休息後、夜明けとともに山へと出発した。寝袋、調理道具、馬と乗り手の食料を装備した私たちはすごい幸運を探すゴールドラッシュの金採掘者の一団みたいだった。

 落ち着いた並足や速歩で穏やかな丘を進んだ。間もなく牧場が全然見えなくなった。あっという間に道もわからなくなり、すぐにどっちが北か南かもわからなくなった。遅くともこの時点で土地に詳しいガイドの価値を知ることになった。平らな岩塊がはっきり見える、水晶のように澄んだ流れの小さな川の前に来た時、なんだか気分が悪くなった。ここを渡らなくちゃいけないのか!自分の荷馬の手綱を引いて対岸に着いて、ひづめの下が乾いた地面になったときは、実にほっとした。そして、ちょっぴり誇らしい気分だったことも認めざるを得ない。

 ほとんど言葉をかわすことなく、壮大な西部の大自然の中を何時間も進んだ。ペーターが私の方を振り向いて小声でこう言ったのを覚えている。

 「水平線にのろしが上がっているのが見えるか」

 もちろんどこを見ても、のろしなんか見えなかったが、これも兄らしいことだった。兄は世界の主要オペラハウスから遠く離れて、邪魔されずに、大好きな馬に乗って大自然を享受できるときには、小さい男の子になりきってその状況を楽しむことができた。兄は歌手よりもカウボーイになりたかったのではないかとふと思ったりした。

 一度一緒に鞍にまたがって進んでいたら、一匹のコヨーテが目の前を横切った。その時私たちの馬は決して落ち着きを失わなかった。昼過ぎに平たい石ころだらけの川の縁に到達したとき、一頭の荷馬の腹帯が切れて、寝袋が清流に落ちた。全員がすぐさま鞍から飛び降りて、パニック状態でびしょぬれになった野営用品をかき集めた。

 日中のアリゾナの暖かい太陽は、この時期にはとても早く地平線に沈んで、その後はかなり急速に寒さを感じるようになることに注意すべきだ。

 だから、ただちに寝袋を乾かさなければならなかったので、時間をかけて考えることもなく、この流れの縁でキャンプすることに決めた。ペーターがすぐさま2本の灌木の間に自分の長い投げ縄をピンと張ったので、全ての寝袋をそこい掛けることができた。だが、これで大丈夫というわけではないことがすぐにわかった。誰も湿った寝袋で荒野の寒い夜を過ごしたいとは思わなかったから、たき火をすることに決めた。私はすぐに薪を探しに行った。間もなく私たちはペーターの投げ縄の下に長いたき火をすることができた。こうすることで寝袋が乾くスピードがはやまった。寝袋は日没までに『戸棚にしまえる』ほどには乾かなかったけれど、その夜はそこそこに過ごすことができた。

 キャンプファイヤーを囲んで星空の下に座っていたとき、自分のサドルバッグにウィスキーの小さなボトルを持っていたのを思い出した。私たちは全員、寝袋に潜り込む前に、身体が暖まる一杯を喜んで飲んだ。私は夜明けに一番に目が覚めた。ブリキのコーヒーポットをつかんで、小川の水をくんで、まだ燃えていたキャンプファイヤーの上に置いた。みんなを起こして、私が入れたひどく苦いコーヒーを飲んだ。これで少なくともちょっとは目が覚めた。

 やがて牧場へ戻る長い乗馬の行程にかかった。そして、徐々に暖かくなる太陽の光を楽しんだ。丘の上から谷間のタンクヴェルデ牧場が見えた時、心底ほっとした。牧場への最後の数マイルをインディアンに妨害されることなく鞍からおりた。お尻が痛かったが、歯をくいしばって、このことはもちろん自分の胸にしまっておいた。カウボーイは痛み知らずなのだ!

 私たちはやり遂げたのだ!

 馬たちに餌を与えた後、生温かいプールにつかって冒険の疲れを回復するのに、そんなに時間はかからなかった。その後、バーで軽く飲んで、美味しい夕食ということになった。その夜の乾いた、暖かいベッドこそが無上の楽しみだった。

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☆ ☆ ☆

目次
ヨッヘン・ロイシュナーによる序文
はじめに
ロンドン:魔弾の射手
バイロイト:ヴォルフガング・ワーグナー
パルジファル:ヘルベルト・フォン・カラヤン
ロリオ:ヴィッコ・フォン・ビューロウ
リヒャルト・ワーグナー:映画
シェーンロイト:城館
ペーターと広告
コルシカ:帆走
モスクワ:ローエングリン
ロック・クラシック:大成功
バイロイト:ノートゥング
ゆすり
FCヴァルハラ:サッカー
ドイツ:ツアー
パリ:ジェシー・ノーマン
ニューヨーク:デイヴィッド・ロックフェラー
ボルドー:大地の歌
アリゾナ:タンクヴェルデ牧場
ペーターのボリス:真っ白
ミスター・ソニー:アキオ・モリタ(盛田 昭夫)
ロサンゼルス:キャピトル・スタジオ
ハンブルク:オペラ座の怪人
ナッシュビル&グレイスランド
ナミビア:楽しい旅行
ペーター・ホフマンの部屋
ゲストブックから
表紙と目次


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