SSブログ

ベルク作曲「ヴォツェック」新国立劇場 [劇場通い]

アルバン・ベルク:ヴォツェック
ハルトムート・ヘンヒェン指揮
アンドレアス・クリーゲンブルク演出
新国立劇場 2009.11.18

ヴォツェック:トーマス・ヨハネス・マイヤー(バリトン)
マリー:ウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイネン(ソプラノ)
子供:中島 健一郎(ボーイソプラノ)
大尉:フォルカー・フォーゲル(テノール・ブッフォ)
医者:妻屋 秀和(バス・ブッフォ)
鼓手長:エンドリック・ヴォトリッヒ(ヘルデンテノール)
アンドレアス:高野 二郎(リリックテノール)
マルグレート:山下 牧子(アルト)
白痴:松浦 健(高声テノール)
バイエルン州立歌劇場との共同制作。2008年11月にバイエルン州立歌劇場において初演され、非常に高い評価を得たそうです。

もう大きな電飾満艦飾のクリスマスツリーが飾られていました。戦後の復興、経済成長の中で隠れていた貧困が浮上してきた今にふさわしいプログラムと言えなくもない。おもしろいとか楽しいとか言えるオペラではないです・・ 涙腺を刺激するといった類ではないし、あまりの悲惨さに気分が悪くなるというものでもないです。音楽のせいか、お陰か、なんというか思考停止っぽい感じで、心に静かに作用するというか・・ 一晩たった今になって、胸が痛いというか、熱くなるというか、こみあげるものを感じています。

終演のカーテンコールでバイエルンからの制作スタッフが登場したら、頑張ってブーしている人がいましたけど、何なんでしょう。不可解なのでブーイングかどうかもよくわかりませんでしたが、そうだったみたい・・ 
今ごろ確認しました。初日だったのです。後3回(21-23-26)ありますけど、全部昼の公演。夜は初日だけだったのです・・公演回数も相変わらず少ない。

子供がとても良かった。今までに見た映像では、最後以外は、いつもマリーと一緒に登場するだけなのですけど、この演出では、ヴォツェックがアルバイト仕事をしている場面にもいつも登場して、遊びながら父親を見つめています。父親との関係を浮き上がらせ、印象が強くなりました。貧困の世代間連鎖も暗示しているようでした。

今までに二つの映像を見ました。こちら

このオペラの鼓手長、新国のプログラムにヘルデンテノールと明記されています。今回は、新国ではもう常連さんというところのヴォトリッヒが担当。まさにマッチョが売りの粗暴な男という指定通りの鼓手長でした。

ということで、ペーター・ホフマンもキャリアの初期(1973年ごろ)に出演しています。以下1983年の伝記からです。

「バーゼルではヴォツェックに客演した。私は粗暴な人間である鼓手長を歌った。彼は肉体的魅力でマリーを意のままにしており、ひどく冷酷に扱うのだ。この人物に対しては、おそらく十分な距離を保って、その人物像を投影したのだが、私の演技に対してよい批評を得た。演技と同様に音楽的にもまさに挑戦だった。

この時のことは、いまでもはっきり思い出せるが、この役は粗暴な人物だから、私は当然ながらマリー役を乱暴に扱うべきだった。マリーというのは、舞台では、私が肉体的魅力で、意のままにしていなければならない女で、彼女の胸ぐらをつかんだりして、ひどく残酷に扱うように求められた。そんなことをするのは、あのころの私にとって、難しかった。人々の前でおおっぴらにそんなことをするのは、奇妙な感じがしたが、最終的には、完全に納得して、やり遂げることができた。

鼓手長は戦闘的なロンドに伴われて登場する。これはこの男の性的能力の強さを現すので、彼は音楽のためにのみ舞台にいる必要があり、少ししか歌わない。『俺は男だ。俺は女をものにしたぞ。あの女は鼓手長様のものだ。胸も肩も身体は固太り』歌は全然すばらしくない。

この役の表現方法を勉強する為に、ビュヒナーの芝居『ヴォイツェック』を見に行ったことがある。だが、実際何も学べなかった。本当に何ひとつ。シュトルツィングのアリアのあとで、ベックメッサーが『まるで言葉の濁流でしたが、何か聞き取れましたか』と歌う。そんな風に感じた。鼓手長は演劇ではたいして重要ではないように思えた。

オペラでは、音楽が彼に重要性を付与している。彼の行為は正当性をもつようになる。彼は肉体的に非常に強い男だ。彼はマリーに荒々しく、女と呼びかける。女というものは、絶望的な状況で、世の中を恨みながら、耳を垂らしてこそこそとうろつきまわっているヴォイツェックのような男といっしょに落ち着かない生活をするよりは、まさしく襲われるほうを好むのだ。」

これが、1976年のバイロイト出演が決定した直後に亡くなった父親にみてもらえた唯一の舞台だったということです。また、ホフマンの通った高校は、ゲオルグ・ビュヒナー・ギムナジウムでした。このオペラの原作はゲオルグ・ビュヒナー(1813 ダルムシュタット - 1837チューリヒ)の戯曲です。「ダントンの死」もこの人の作品です。彼の名を冠したゲオルク・ビューヒナー賞は、現代ドイツにおいて最も権威のある文学賞なのだそうです。

ヴォツェックが人体実験のアルバイトをしている医者との場面の
台詞と字幕についてのメモ
アバド指揮ウィーンの映像とバレンボイム指揮、シェロー演出ベルリンの映像の字幕によると、医者はヴォツェックに咳をするなと命令してあるのに、道で咳をしているところを見たと非難します。犬のようにほえていたとか。ヴォツェックが自然で出るのは仕方がないと抗弁すると、横隔膜は意志でコントロールできるのだと説教します。

ベルリンのほうはあまりよく見ていなかったのですが、ウィーンのは、舞台でやっていることと台詞がなんとなく合わないような気もしたし、咳をするなということそのものにも違和感がありました。

今回新国の字幕で、「立ち小便をしているのを見た」「膀胱の括約筋?は意志でコントロールするもの」となっていて、舞台上の状況ともぴったり一致していて、納得でした。

そこで、気になって、映像を確認。どちらの映像も、歌は「往来で小便したところを見た」「犬のように壁に小便をした」と歌っているようです。これは意訳の範疇を超えてますので、ネットで調べてみました。

つまりこういうことのようです。
原作の戯曲の台詞は「小便をする pissen」
Ich hab's gesehn, Woyzeck; er hat auf die Straß gepißt, an die Wand gepißt, wie ein Hund.
これはいかにも下品だと思ったのか、ベルクが「咳」に書き換えたので、オペラ台本では「咳」ネット検索結果ヒットしたドイツ語リブレットでも、「咳をする husten」です。
Ich hab's geseh'n, Wozzeck, Er hat wieder gehustet, auf der Strasse gehustet, gebellt wie ein Hund!

しかし、近年では原作通りにするのが一般的になっている。
ですから、ウィーンのも、それからシェロー演出(テレビ放送字幕は咳)の映像も「小便(英語でも同じ俗語のピス pissen です)」で歌ってる。「犬のように壁に小便をした」と言ってるようです。
ドリームライフから出ているハンブルクの1970年代のスタジオ収録の映像でもそのように言っていて、こちらは字幕も「立ち小便」となっています。
ウィーンのやシェローの映像字幕(そしてウィーンのCDもそうだそうです)は、実際に歌を聞かずに、ベルクの台本から翻訳したのでしょう。


nice!(2)  コメント(6)  トラックバック(3) 
共通テーマ:音楽

nice! 2

コメント 6

keyaki

私もブーじゃなくてブラーヴォかな....とか思ってました。(笑

ペーター・ホフマンの鼓手長とはなんと贅沢な....ホフマンの役作りの話、とても興味深いです.....
ヴォトリッヒは、筋骨隆々ガテン系の体格がピッタリでしたね。

TBしましたので承認よろしくお願いします。
by keyaki (2009-11-20 15:27) 

つるりんこ

芸術性の高い、見応えのある舞台でした、
子供がいる事で聴衆の想像力を広げていたようです。
ぜひ、
他のプロダクションも観てみたいです。
by つるりんこ (2009-11-20 17:34) 

euridice

keyakiさんn
>筋骨隆々ガテン系の体格がピッタリ
アバド指揮ウィーンの映像のテノール氏はどでんとでかいだけでしたから
ヴォトリッヒのほうが雰囲気的にも合ってたと思います。歌は「全然すばらしくない」わけで、うまいとか下手とか言えるような歌ではないですよね〜〜 歌手にとっては大変なんでしょうけど。
by euridice (2009-11-23 08:12) 

euridice

つるりんこさん
>子供
今回の舞台では非常に効果的だったと思います。
映像をとりあえず3つ見ていますが、
「子供」の印象が全体を左右する度合いは大きいようです。

by euridice (2009-11-23 08:33) 

keyaki

euridiceさん
「咳と小便」の件ありがとうございます。
ベルグが下品だと思った...というのは??ですけど。

>実際に歌を聞かずに、ベルクの台本から翻訳したのでしょう。
今なら考えられませんけど、ちょっと前までは、それが普通だったのかも。


by keyaki (2009-11-23 19:46) 

operaview

私は、26日に拝見しました。
記事、リンクさせて頂きますね~。
http://operadaily.opera-view.net/
by operaview (2009-11-27 16:54) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 3